アイドルって、何だろう?

僕はアイドルオタクではないけれど、KARAの一件でアイドルについて考えることが多くなった。

当然、それは個人的な意見ではあるが、そもそも意見というものは個人的なものに決まっているので、何かにはばかる必要はない。

アイドルに必要な条件その①

アイドル本人がアイドルであことを無条件に楽しんでいること

・・・本人が心から楽しめていなければ、人を楽しくさせることはできない

だから、アイドルは自分がアイドルであることに疑問をもってはいけない

アイドルに必要な条件その②

歌を歌うことが好きで、ダンスをすることが好きであること

・・・人に歌わされるわけではなく、人に踊らされるわけでもない

好きだから歌い、好きだから踊る

そしてその歌声とダンスが、見る人に元気を与える

アイドルに必要な条件その③

ユニークな可愛らしさと、面白さにつながる一生懸命さがあること

・・・ルックスは、ユニークな可愛らしさが必要。そして、ファンに対して一生懸命なのだけれど、時にその一生懸命さに見ている側は思わず吹き出してしまうことがある


さて、僕なりのアイドル3要件について挙げてみた。

で、その①から、反対にたどってみると、よって、本人たちが多くの人気を得るためにアイドルであることを楽しんでパフォーマンスしていることが必要なのだ。

だから、アイドルであることに疑問をもったり、重荷に感じるようになってしまっては、駄目なのである。

つまり、本人たちも理想とするアイドルに向かって活動しているうちは、自然に輝きを発するものだが、それができるのには年齢的な制限がどうしてもつきまとってしまう。

だから、永遠のアイドルなどというものは存在するわけはなく、アイドルに旬があるのは当然だ。

その②から。歌を歌う、ダンスをする、おしゃべりをする。本人たちが楽しいから、時には脚本から脱線もするし、アドリブだって平気。でも、ファンはそれらの楽しい逸脱をみていて、心から楽しいと感じることができる。

歌を歌ったり、ダンスをしたり、おしゃべりをすることが、すべてアイドルであろうとする表面的な繕いであろうとすれば、それは見ている側としても心から楽しめない状況になってしまう。

その③では、やはり個性は必要だ。見ているものの予想を裏切るユニークさがあればもっといい。その意外性が非日常的な没入感を生み出す源泉となるのだが、それは狙ったものではないことが大切だ。

だから、そんなことができるのは、語弊があるかもしれないが、おバカであることも必要かもしれない。

でもそこに、驚きがあり、そして笑いがある。

愛着が生まれる。

純粋に応援したいなあ、という感情が生まれる。

元気が出る。


KARAにも、最初のころには、そんな条件がそろっていたと僕は思う。

でもみんな成長して、大人になる。

大人になると、それなりの分別が生れ、主観よりは客観的になり、別の可能性を求めるようになる。

考え方に幅ができるからだ。

で結局、アイドルの必要条件を一つ、一つ失っていくことになり、アイドルから脱皮していく。

それは、そのアイドルを愛するファンからすれば悲しいことなのかもしれないけれど、でも時は過ぎ去り、人も次第に前進していく。

仕方のない自然の摂理なのかもしれない。

人生には、長く続けたほうが良いことと、期間的に旬であらざるを得ない一過性にしかすぎないものがあるのだ。


だから、僕は、KARAの今回の決断を批判はしない。

僕も、それをわきまえて、また次の旅路につきたいと思うだけだ。


この何年か、熱狂を与えてくれてありがとう!

それぞれのメンバーが今後もそれぞれの道で活躍してくれることを願っています!

画像


この記事へのコメント


この記事へのトラックバック